プロローグ04

 子供の頃、ちょっとした悪戯心で爺さんのメカを弄ったことがある。
 いつも遊びに行くと、先方二人がすでに先約としてそこにいることが多かったから、年齢的に自分が遠慮しなければならないと思っていたのだろう。
 だがませた考えを持っていながらも、所詮は子供だ。ならば爺さんのメカを見せてもらおうと、好奇心優先で無断で倉庫に忍び込んでいたのだ。
 その時にえらい面白そうな機械を見つけて盛大に弄くったことがあったんだけど………、はてあれは何だったのか、すっかり忘れてしまった。

―――銀一
 酷い夢を見た。
 爺に渡された実験用の機械と聞いていたものが、持って帰って稼動するとともに爆砕し若い俺が半べそになりながらそれを直そうと奮闘する夢だった。
 ちなみに、おもっきし実話である。
 後日、爺の悪戯であることを本人に聞かされ、右ストレートを叩き込んだことまでよく覚えている。
 体が弱いくせに人を軽く沸点までおちょくるその姿勢は『ある意味』尊敬できるものかもしれないが、それで俺がきれたってしょうがないと思う。
 と誰に向かっているのかよく分からん言い訳を展開しつつ、俺はベッドから身を起こす。
 時刻はやはり、平時の俺からしてみれば考えられないほど早いところを指している。
 が、昨日しっかり寝たためか、二度寝をしようという気分にならない。ここ最近ずっと感じていた倦怠感もなりを潜めているのを鑑みるに、どうやら相当疲れていたようだ。多分昨日、スレイアが言い出さなくてもセツナに言われてしまっただろう。
 あいつは何を考えているのかを表面から読むことはできないが、思考としては単純なものを持っている。
 現状では、マスターである俺の身のことや、姉妹の安全である。それゆえに、セツナは俺の近くにいることが多く、かつ自宅で待機していることも多い。
 ……自宅といえば、この家はもともと爺の資産だったのだ。あいつが隠居して雲隠れした時に、この家を含めた一切合財の資産を俺に譲ると言い残したので俺のものになっている。ちなみに、親族連中はやっかいものを俺が全部引き受けてくれたと胸をなでおろしているのを俺は知っている。まぁ金にうるさい奴はいないし、厄介ごとであったのは間違いないだろう。
 ……初めて訪れたこの家は、一体どこのビックリハウスかといわんばかりの子供じみた罠塗れだったのだから。
 引き戸に糸で連動させて黒板消し(使用済み)を落としてきたり、こんにゃくを背中にピンポイントで狙ってきたり、金だらいが頭に降ってきたりともうどこの子供だ! といわんばかりの有様だったのだ。
 ぶちきれ寸前で家捜ししてて、見つけた地下室で作りかけのAFを見つけるまでは、だったけどな。
 思うに、あの罠は爺の仕打ちに耐性がある俺だけを地下室へと導くためのものだったんだろう。実際問題地下室への道だけは過剰ともいえるほどに罠だらけだったし。常人だったら心が折れるが、俺はそういうのに慣れてて挙句そういうところに限って爺が何かを隠しているをしっているからそのAFを見つけられたわけだし。
 ……若かったとはいえ、それを仕上げて世間に発表したのはまずったよなぁ。
 今じゃ押しも押される若教授だ。大学や研究機関からのスカウトは、いい加減吐いて捨てるほどある。九郎のところがやりやすいから移動するつもりはこれっぽっちもないし。
 まぁつまるところ、俺は現状に満足しているんだな。

―――竜也
 顔面に走る痛みに、ポンコツになっていた意識が蹴っ飛ばされて、火が着いた。
 常にない起こされ方に、身体の方が抗議をあげるようにダルさを伝えてくるが、逆に頭の方は寝起きのダルさを伝えてこない。
 頭と身体、さてどっちの方がまだマシかなと阿呆なことを考えながら、俺はうつ伏せになっていた身体を起こした。
 いつもの見慣れたベッドの上………ではなく、そのベッドの足元、ぶっちゃけると床の上であった。
 ………もしかしなくても俺………ベッドから落ちた?
 なんとも間抜けな事態に天井を仰いで顔を抑える。漫画ではよく見た事態だが、実際にやらかすと情けないやら恥ずかしいやらであった。
 気を取り直して時計の方に向き直ると、時刻は七時六分をさしておりほぼいつも通りの起床時間であることを伝えてくる。
 ………今日は休みだというのに。
 かといって目はしっかり醒めてしまい、二度寝など出来ないと俺(りせい)に伝えてくる。
 色々なことに観念して、今日の活動を開始することを決定する。


 ああ、そういえば―――いつかもこんなに気だるい感じに始まったのだっけ。


「うん?」
「あれ?」
 食堂でこんな早朝から顔を会わせるとは予想もしていなかった人物を見つけ、思わず声をあげてしまった。
 それは先方も同じなのか、俺の顔を珍しそうに眺めている。
「珍しい日ってのは続くもんだな。お前、いつも休日は遅くまで寝てただろ?」
「それはこっちのセリフ。銀兄は平日だろうが休日だろうが不規則じゃんか」
 昨日の一回ならば不規則の周期があっただけと説明がつくんだが、さすがに二日連続となるとそんな偶然では片付かないのだ。
「まぁ、昨日は外に出たし、しっかり寝たからな」
 そしてそれは俺にも当てはまるのである。
「………そっか。これが当然なんだな」
「………だな」
 そしてそれを自覚して落ち込む駄目人間二人。
 だからといってこれから先、矯正するつもりも全くない。当然、銀兄もだ。
「で、銀兄の見立てだとどれくらいで直りそうなのさ?」
 その証拠に俺の顔にも銀兄の顔にも、反省の色はない。
「常識的な見立てが通用するなら今日中に直せる」
 それは今回の事態が、銀兄の常識にあてまらないからの言葉だ。
 ソフトウェアに問題はないのに、ハードがうんともすんとも言わないからなぁ、とぶつぶつ愚痴りながら俺と食堂へと歩く。
 専門的なことは分からないのだが、セツナさんに起動プログラムを入れてまでのチェックだったようだ。
 ………いくら規格が似てるからといっても無謀だとも思えるんだがなぁ。それで動くセツナさんもセツナさんだが。
「わ、びっくり」
 聞き耳をたてていたら周囲の確認が疎かになっていたようだ。
 全然びっくりしてるようには見えない表情(つってもこいつはもともとセツナさんばりの無表情だが)でスレイアが驚きの声をあげていた。
「………それはこんな早くに銀兄が起きていることにか? それとも俺が休日に早く起きていることにか?」
「そんな惨(むご)いこと言えない」
「一体何に驚きやがった!?」
「………人が悩んでる側で漫才するな」
「漫才いうな!」
 失敬な!
 憤慨する俺に、銀兄はため息をついてから頭をかいた。
「まぁ、そんぐらい能天気になったぐらいがちょうどいいのかもしれないな」
 普段銀兄が俺のことをどうみてるのかよくわかったよ………。
 朝からごっそり活力を持っていかれたような気分で、食堂の扉をくぐる。こうなったらシェインさんに癒してもらうしかない。
「おはようございます」
「―おはようございます」
 そうそう、こんな鋼鉄みたいなクールボイスが聞きたくて………てうぉい!?
「………なんでセツナさんが台所に立ってるんですか?」
 食堂から現れた予想外の人物にパニックに陥る。
 俺の知ってる限り、セツナさんが台所にたっていたことは皆無だったからだ。
「あー、タイミング悪いな。そういやそんな時期だったか」
 かと思えば銀兄は、なんか失敗失敗とでも言いたげに頭を掻いているだけだ。
 スレイアも疑問に思ってはいない様子だし、俺だけ蚊帳の外な気分である。
「え?」
 結果間抜け面で周囲を見渡すしかない俺。
 それをそれこそ阿呆を見るような目を銀兄は向ける。
「いくらメンテナンスの効率がよくたって、シェインもAFなんだよ。今日は二月に一度の分解整備の日だから、シェインは起動してないんだよ」
 え………じゃあセツナさんが台所にいるのは………?
「セツナが飯作ってくれたんだろ」
 何でもないことのようにそういう銀兄を俺は信じることが出来なかった。
 だってセツナさんだよ?
 この家で動くやつは指先一つで(比喩誇張抜きで)倒せるんだよ?
 ご飯、作れたの?
 そんな感じでいい具合にテンパっている俺を打ち砕くかのように、朝御飯(現実)が運ばれてくる。
 ご飯に味噌汁、お新香に切り干し大根。それは紛れもなく、立派な朝御飯だった。
「お前………、シェインができるまでこの家の物理方面での管理を誰がやってたと思ってるんだ………?」
 一応言っておくが俺は絶対にやらないぞ、などとダメ人間代表みたいな言い方をしながら、銀兄は朝食を口に運ぶ。
 確かに、考えてみればそれはセツナさんがやっていたと考えつく訳なのだが………、一体セツナさんはどこまで万能だと言うのだろうか?
 この家に来てから、セツナさんがこれこれができないという話は真面目に聞かないし………。
「ああ、そうだ。シェインの整備を優先するから、さっき言ってたAFだけど後回しになるから」
 いくらセツナさんでも、シェインさんの代わりは務まりきらないのか? などと思ったら、掌の間接が洗剤に弱いという身も蓋もないことを教えられてしまった。
 しかしこれは、お預けを言い渡された犬そのものと言っても過言ではない感じだ。
 そんな俺の心境を察したのか、それとももともとそういうつもりだったのか、銀兄はこんなことを言ってきた。
「まあ、現状を見るだけなら問題ないけど、見るか?」
 愚問である。

『と、言うわけで第二工作室へ来たというわけだね!』
 なんかアリスさんのテンションが妙である。
 具体的に言うとツヤツやしている。実体は無いはずなんだけど。
『くふふ、他人の色恋沙汰ってのは種族を越えて楽しい娯楽なんだよ』
 聞いてみたらみたでもっとよくわからんし。今にもくるくる踊り出してしまいそうなテンションで、アリスさんは『ポチッとな』とか言いながらドアの開閉ボタンを押す「ふり」をする。
 実際問題ドアに開閉ボタンなんかないし、何よりアリスさんには実体がないのだから、ボタンがあっても触ることは出来ないのだ。
 身も蓋もない解説をしてしまえば、アリスさんがふりをしたのと同時にドアを開閉させた、といったところか。
 ………まぁ上機嫌の人物(人じゃないけど)にツッコミをいれて、不機嫌にするのも色々と論外だから、黙って流れに身を任せてみる。
『もう、ノリが悪いな、竜也は。私には実体がないでしょ、ぐらいツッコンでよ』
 ………。
 釈然としないものを感じるのは、果たして気のせいか否か。たぶん疲れてるんだな、と決定してアリスさんには悪いがスルー。
 俺の内心を悟ったのか、ぷー、と膨れた顔をしているが頑なにこれも無視。ただ頬を伝う汗は誤魔化すことが出来ず、それを見てアリスさんは少し機嫌を直したようであった。
 ………無意味に負けたような気がして、俺のテンションは下がったのだが。
『はいはい。落ち込んでる場合じゃないよ。ご対面だってば』
 ご丁寧に工作用マニュピレーターを使って、アリスさんは俺を引きずり起こす。当たり前だが手加減抜きだったので、腕がもげるかと思った。
 ちょっと涙目になってアリスさんに文句を言おうとして、俺は固まった。
 あまり広くない工作室の真ん中に、精巧な人形が寝かされていた。
 薄いスーツに身を包み、表皮を見ることが出来るのは頭部だけだが、それだけで俺には充分であった。
「………本当に、セツナさんそっくりなんだな」
 ふらふらと、夢に浮かれたようにその人形に手をかける。
 セツナさんよりも全長は低く、年齢的には俺と同じかそれ以下に見える。が、薄い青色の髪をしたその人形は、何よりもセツナさんを彷彿とさせた。
『まぁシステム回りはセツナそっくりだったからねぇ………。セツナに似せるのは合理的だったわけよ。身長が低くなったのは、残ってた所に合わせてたらこうなったんだって』
 アリスさんが何か言っているが、何も聞こえていない。
 頭の冷静な部分では何か変だ、と理解しながらも俺は人形に伸ばす手を止められなかった。

 ―――そう。待ち焦がれた再会なのだから。

 俺以外の俺の思考を微塵も変とは思わずに、俺はその腕に触れた。
 瞬間、全身に静電気が走った。
「うわっ!?」
 半分微睡んでいたような意識に、それは心臓への一刺しのような刺激を持って迎えられ、俺は完全に覚醒した。
『ん? なに? どったの?』
 そんな俺の状況を知る由もないアリスさんは、暢気な表情を浮かべてそう尋ねてきて………、一気にそれを険しくした。
『竜也………、あんた何したの?』
「え? いやそんなことより静電気が走りやすいんなら言ってくださいよ! 心臓止まるかと思いましたよ!」
 俺の声に、アリスさんはきょとんとした表情で見返すだけであった。
『………何言ってるか知らないけど、そのスーツ絶縁体だよ。部屋も適度に加湿してるから、静電気なんて走らないよ? ってそんなことより!』
 アリスさんが何かを言いかけたその一瞬に、唐突に台に寝かされていたAFが手をあげた。………ちょっと待て。
「あ、あ、あ、アリスさん!? AFが待機状態ならそう言ってくださいよ!?」
『知らない知らない! 昨日あれだけやってもウンともスンとも言わなかったんだよ!?』
 予想だにしていなかった事態に、完全にパニックに陥る俺とアリスさん。そんな俺たちを尻目に、起動したAFは寝惚けたような視線を俺に向け、………ゆっくりとこっちに歩いてきた。
「うわわわわっ! こっち! こっちきた!」
 完全に腰が抜けてしまった俺に、AFはジリジリと近寄ってくる。
『ちょ、ちょい待て!!』
 それを見たアリスさんが、マニュピレーターを使ってAFを止めようとするが、あろうことかAFはそれを真っ向から受け止め、無造作に根元から引き抜いてしまった。
『あー………真面目にセツナとおんなじスペックなんだ………。ごめん竜也、私じゃアイツを止められないや。成仏して』
「勝手に殺すなぁ、っ!?」
 ツッコミをいれてる暇があれば逃げればよかった。 完全に腰砕けになってしまっている俺に、AFは覗き込むような体勢でのし掛かってきた。抵抗しようにもAFの重量とパワーに人間がかなうはずもない。あっさりマウントポジションを取られてしまう。
「ひっ!?」
 感情を伺うことが出来ないその半眼に、俺の抵抗の意思は根こそぎ凍りつき、その場に金縛りにあったように動けなくなってしまう。
 それに頓着するような素振りを全く見せず、AFは俺の顔に手を伸ばしてくる。
 恐怖のあまり、俺はそこできつく目を閉じ………。
『うわぁ………』
 アリスさんの間抜けな声と、唇にあたる想像していない感触に慌てて目を開いた。
 ………………………。

 何故に、俺は、キスを、している、のでしょうか?

 全てが色を失ったような、そんな静寂が辺りを包んでいた。
 アリスさんは手で顔を抑えながら、指の隙間からこっちを見ているなんてベタな芸当をしてるし。………アリスさんの場合、部屋にあるカメラを抑えないと意味がないんじゃないんだろうか?
 ではなくてっ!
「っぷはっ!」
 やっと唇が離れてくれたので、思い切り息を吸い込む。訳が分からなかったので息を止めてしまったようだった………ってこれも違うっ!
「なんだお前!? なんで突然キスするんだよ!?」
「私が竜也のAFだから」
 空白がその場を一瞬支配した。
『はぁ!?』
 図らずとも、アリスさんと声がハモる。いやそりゃ驚く。俺名乗ってないもん………ってだから違うっ!
「訳が分かんないぞお前!? なんで今日初対面の奴がいきなりそんなこと言うんだ!?」
「初めてじゃないもん。昔会ったもん」
 いつ!? どこで!?
 完全にパニックを起こす俺に、アリスさんは諦めたように溜め息をついた。
『なんか話が進みそうにないし。セツナと一緒に話そ』

「んじゃあれか? 昔竜也に会ったことだけを覚えているってのか?」
 あれから。
 シェインさんの分解メンテの細かい部分をアリスさんに丸投げした銀兄が司会進行役としてAF―――トワと名乗った―――に尋問を行っていた。
 丸投げされたアリスさんは、さらにその作業を明日に丸投げして今もこの場にいたりするが。
「最初からそう言ってるぞ。何年前だったかは分かんないけど、その時から私は竜也のAFになるんだって決めていたんだ」
 すごいなぁAFって自分からマスターを選ぶこともあるんだ。
 なんてことを考えていたら、銀兄に軽く打たれた。
「お前は何も覚えてないのかよ?」
「覚えてたら混乱してない」
 だから俺は無実だ。
「容疑者であることは変わってない。………で、他には何か覚えてないのか?」
 俺の主張をあっさり切って捨てて、銀兄はトワに向き直る。
「だから、何も覚えてなんかないぞ。私の頭の中にデータが入ってないことも確認済みでしょ」
「………ああ、何にも、全く、まっさらであったことは確認している」
 ああ、それじゃ何も覚えているはずないよね、と納得しかけて、凄まじい違和感を覚えて銀兄を凝視した。
「………気付いたみたいだな。今のトワには、基本的な行動プログラムも入っていない。例え起動したって、歩いたり話したり、いわんや思考することさえできないはずなんだが」
 真っ黒なため息をつきつつ、銀兄は力無くトワを睨む。煙草があれば非常に絵になるシチュエーションだが、銀兄は煙草が嫌いなのでそういうことは起こらない。
 従兄弟の章さんはそういえば愛煙家だったっけ。
「そんなこと私に言われても困るぞ。なんで動いてるのか、なんてあなたたち自身説明できるの?」
 一方のトワは真面目に困っているようだ。あと言われたことも成る程納得。なんで俺たちが動いているか、なんて知識として知っているだけで、事細かに現状を説明してみろ、と言われても無理だ。
 しかし、納得する俺の視界の中で、銀兄が頭をわしゃわしゃと掻きむしり始める。やばい、不機嫌の兆候だ。
『ちなみに竜也が触ったら動いた』
「一体何をしやがった竜也!」
「だから俺は何にも知らないー!」
 絶妙のタイミングでアリスさんに爆弾を押し付けられ、詰め寄ってくる銀兄から悲鳴をあげて俺は逃げようとする。が、そんなことをする必要はすぐに無くなった。
「………何のつもりだ? トワとやら」
 両手を広げて通せんぼをするように、トワが俺と銀兄の間に入ったからだ。
「さっきも言った通り、私もなぜ動けているか分からないんだぞ。竜也に詰め寄ったって無駄だって分かってるんでしょ?」
 トワのセリフに、むっ、と唸って銀兄は大人しくなる。
 助かった、と安堵に肩を竦めてその場に座り込むと、トワが俺をじっと見下ろしてきていることに気が付く。
「………? 何だ? どうした?」
 疑問を投げ掛けても返事はなかった。………言葉では、という意味だが。
 トワは静かに、しかし素早く俺の側面に回るとくっついてきたのだ。
 そこには性の妖艶さは欠片も存在せず、なんか小動物になつかれたようなものを感じる所作だった。
 ………が、あくまでそれは当事者である俺の主観であった。
「………そうか。お前、ペドリフィアだったのか」
「大真面目な顔でなに人の社会的抹殺を謀ってんだ銀兄!?」
 納得したように頷かないで下さいアリスさん!
 確かに、トワはセツナさんに比べると色々と小さいが、外見年齢は俺と大差ないはずだぞ!
「お前の年齢で下の方向に大差があったら、疑惑じゃなくて確信になるだけだ」
 ああ、だから別に犯罪者を見るような目じゃないのか、って誤解だ誤解!
 これはトワが勝手にくっついてきただけで、俺からはなんのアクションもとってないだろうが!?
「竜也は私が触るのは嫌なの?」
 ああ、いやいやそういう訳じゃなくてだな、って銀兄! あからさまに演技臭いひそひそ話をするな! アリスさんも乗らないで!
 たちまちこの場は大混乱に陥ってしまう。俺も俺でパニックを起こし、銀兄に強い否定とトワに対しなあなあな態度を交互に取り続ける羽目になってしまう。
 一言言わせていただきたい。俺が一体何をした!?

―――幕間
 そんな混乱の最中、スレイアだけはいつも以上の鉄面皮を維持したまま、その場を辞するのであった。
 自分のことで手一杯な竜也はともかく、からかうのに夢中な銀一、それにノリノリなアリスは気付くはずもなかった。
 ただ一人、セツナだけはその無感情の瞳を投げ掛けてはいたが、それが何を意味し、何を語ろうとしているのかは分かろうはずもない。


―――竜也
 あの後、銀兄とアリスさんの追求は夕方まで続き、俺は地下の鍛練場でたれていた。
 肉体的には全く問題ないのだが、精神的には完全にブレイクしてしまったのだ。先程まで腕が上がらなくなるまで木刀を振り回していたのだが、身体がついてこなくなる前に気力が尽きた。
「だう〜」
「だらしないぞ、竜也」
 そしてその元凶が叱責してくるこの状況も何とかしてくれ。
 怒りなんぞ沸かないが、ため息をつくぐらいは許してくれてもいいのではないだろうか?
「………そんなに嫌なの?」
 と、たれすぎた結果停止にまで陥っていた思考に、いきなり泣きそうな声が響いてくる。
 慌てて視線を巡らせれば、言葉通り泣いてしまいそうな表情をしたトワの姿があった。
 ………正直勘弁してほしい。トワの顔はセツナさんを若干幼くしたような感じなのだ。それが泣きそうな顔をしているとなると、自分に襲いかかってくる罪悪感は他の比ではない。
 ため息をつこうとして、自重する。
 確かに驚いたし訳が分からないしあまりに突拍子が無さすぎるのだが。
「………実感が沸いてない、てのが正直な感想かね」
 自慢ではないが、俺は極々平凡な顔立ちをしているし、少々人間味が薄いと言われるほどに情にも疑問を持つ。何よりも深すぎる繋がりは少々煩わしいなどと考える程である。
 榊原がよく俺にあれこれ熱弁しても、一度たりとも同意をしたことはない。
 女友達は確かにいるが、それも結局『友達』の範疇から外れた事はない。
 だがそれをトワに言った所で、何にもならない。
「なんつーのかね、俺もまだ子供だからな、人を好きになるっつー感情をうまく理解できてないんだと思うんだよ」
 それが分かっているからこそ、アリスさんは俺を子供扱いするのだろう。
 それを自覚しているからこそ、対外的に斜に構えてしまうのだろう。
「だから、トワみたいにストレートに好意を向けられることに慣れてないというかなんというか」
 結果的に誤魔化すしかない。紅潮する頬を掻きながら、視線をそらしつつ何とか取り繕う。
「………」
 一時的な沈黙が部屋を包む。俺のキャラじゃないのは承知してるから、頼むなんか言ってくれ。
 恥ずかしさで爆死しそうになりながら、なんか言えと念じる俺を見たトワは、無垢な瞳を俺に向けたまま、呟いた。
「………ツンデレ?」
「違うわぁぁぁぁぁぁ!?」
 はずかし桃色空間は単純な単語一つで爆裂四散し、俺は頭を抱えて絶叫する。

 あー、でも、なんかこんな風に全力で突っ込みを入れてる方が俺らしいような気がするなぁ………。

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